手と手が繋がろうとする瞬間

画像はLDSLivingより

わたしたちはティッシュの塊を膝に置き、黒い皮のソファに腰かけました。わたしは全てを吐き出しました。結婚式の日までわたしの人生は素晴らしいものでした。結婚するまでは。そして全てが狂い始めたのです。この10年間ずっと下り坂です。腫瘍、糖尿病、産まれてきた子どもの数よりも多かった数え切れない回数の流産、かろうじて耐えることができた4回の妊娠はとても辛いものでした。何カ月もの傷病生活、何年も続いた無職生活、わたしたちは全てを背負っていました。わたしたち(クレッグとわたし)は、くたくたでした。限界でした。そんな時に、この例え話に出会ったのです。

カウンセラーのした例え話

カウンセラーはわたしたちを知恵深い眼差しでわたしたちを観察しました。わたしは彼がどんなアドバイスをくれるのだろうと思いました。しかし、彼がくれたのはアドバイスではありませんでした。その代わりに、彼は農家たちが豚や羊、雄牛を買う為のオークションの話をし始めたのです。売られる家畜はそれぞれのオーナーとアリーナに入ってきて、一列に並べられます。そして最後に雄牛が入ってきます。雄牛はそれぞれペアにされ、一緒に結ばれ、アリーナに入ってきます。それぞれのチームはアリーナの中心に置かれた重い積荷にひもでつながれています。オークションが始まる前にその積荷を前に引きます。それが終わると、競売人がオークションを始め、値段が上がり、次々に売れていきます。チームは順番に出てきます。一番重い積荷を引けるチームは一番最後まで残ります。アリーナに長く残れば残るほど、より好ましい雄牛のペアとなります。同じ背の高さ、同じ重さ、更には毛の色まで一致します。

ペアに繋がれた雄牛が水を飲む

この画像はWikimedia Commonsから(original: Abdalian, Leon H)です。

そしてついに、競売者が最後のチームを会場に呼びます。そのペアが入ってくる前に一人の老人が入ってきました。前かがみで、落ち着いた様子で立っていました。彼らがリングに入ってくると同時に、会場がざわめき始めました。人々は冷やかし始めました。大声で笑う人たちもでてきました。その夜、一番大きな雄牛が会場に入りました。その足はとてもパワフルで、その肩は筋肉に覆われ、その巨大な頭はくびきがかろうじてかけられる程でした。もう一方の雄牛が活気なく見えました。その雄牛は小さく痩せこけて、栄養失調に見えました。それだけでなく、背中までかかったくびきはとても重く見えました。老人はそれらをまとめて重荷にくくり付け、もっと重荷を重くします。その他の全てのチームが引いた重荷よりも重くします。そして彼はその雄牛にその場から去るよう合図します。2頭の雄牛は意気投合し、一気に積荷を引き始めます。2頭は互いの弱みを補いながら、重い積荷を引きます。 会場が静まりかえり、予想外の結果に観客の中によどんだ空気がただよります。そして、競売者がオークションを始め、値段はどんどん上がり、その夜で一番高い値段が付きました。

その話を聞く度にわたしは自分がどちらの雄牛かわかります。わたしは痩せこけた方の牛です。誰もが苦闘し、自分自身を引くことさえも苦労しているだろうと思うでしょう。わたしが一番弱い牛です。そして何らかの理由で、主はわたしと一緒にくびぎにつながれる事に賛成してくださっています。その主の愛はわたしを謙遜にします。彼はわたしをより強く引き、より強く導き、耐え忍ばなければいけません。それでも彼はわたしに手を差し伸べてくださいます。「すべての重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)

1. くびきを負う

くびきを負うことは、信頼するということを表します。それは主を信頼することをためらう心を捨て主を心から信頼することを受け入れるということです。怖れ、叶っていない望み、人生を自分でコントロールしようとすること、わたしはそのすべてを捨て主を信頼し、託します。

2.主の方法を信頼する

わたしがくびきを負う時、わたしは主の向かう方向、方法を信頼します。彼が曲がりたい方に曲がります。全ての苦しみを主と共に耐え忍びます。この決断には力、そして約束があります。わたしたちは決して一人で歩く必要はないのです。

3.主のタイミングで休む

主を信頼するとき、時に休養が必要となります。わたしたちがコントロールすること、自分の選択に責任を取ること、必死になって解決方法をみつけようとすることをやめ、主の導きを受け入れることがわたしたちの心を休める唯一の方法です。主の計画、主のタイミング、そして彼の方法へのわたしたちの自信が休養をもたらします。平安な環境に身を置くことでもあります。

くびきを負うことで、あなたは大切な真実を学ぶでしょう。心にあるどんなことに対してもあなたは御父を信頼することができるようになります。どんなことでも。例えわたしのような経験をしたとしても。

この記事はもともとEmily Freemanによって書かれ、ldsliving.com に” The Powerful Metaphor That Taught Me to Trust My Savior No Matter What” の題で投稿されました。
日本語©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company

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ヴィアロボス葵 鹿児島県、奄美大島出身。大学在学中カナダに1年間留学。帰国後卒業し、その後ユタ州に留学。知らない所に旅に出かけることが大好き。一番好きだった旅先はパリ、フッセン(南ドイツ)ロンドン。
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