ネガティヴになりそうなときにポジティヴになることを選ぶ女性の絵

画像:lds.org/blogより

争い、戦争のうわさ、不正、憎しみ、貧困、家族の問題、社会上のモラルの変化、世界中に存在する暗闇。今日、世界は日に日に暗く、そして複雑になっているかのように見えます。そして一日の問題や複雑な事柄を軽視するべきではないのと同様に、わたしたちは怖れに左右されないようにするべきです。物事にはコントロールできることと、できないことがあります。怖れへの解決策はありますが、それにはわたしたちが毎日神を選ぶことが求められます。そしていつか怖れを克服するという、良い結果を手にするのです。

楽観的になる

末日聖徒イエス・キリスト教会の第15代大管長であるゴードン・B・ヒンクレー大管長は、楽観的であったことでよく知られています。多くある印象的な教えの中に、「嵐を探し求めるのをやめ、もっと太陽の光を楽しんでください」という教えがあります。

彼は世界大恐慌、2つの世界戦争、ベトナム戦争、政変、アメリカ同時多発テロ、そのほか様々な混乱があった時代を生きました。わたしたちは、彼のその楽観性から、いくつかの教訓とその源はどこにあるのか学ぶことができます。

「わたしは世界各地の様子を目にしてきました。これまで、戦火の絶えない、人の心から憎しみが消えることのない地域を訪れてきました。また多くの国を悩ませている、たとえようもない貧困を見てきました。わたしたちの社会の倫理観が廃れていくのを、大きな懸念をもって見てきました。

それでもなお、わたしは楽観的です。わたしはただ単純に、そして厳粛に、正しいことが勝ち、真理が勝利を収めるという信仰を持っています。」

わたしたちが楽観的になるということは、前向きになるということ以上の意味を持ちます。それは、ヒンクレー大管長のように力強く、神を信頼する強い信仰に根付くことです。また、わたしたちの外観からは楽観さが見受けられることでしょう。

ヒンクレー大管長はこのように言われました。「あなたが思うほど悪くはありません。万事うまくいきます。心配しないでください。わたしは毎朝そう自分に言い聞かせます。最善を尽くすなら、万事うまくいきます。神に信頼を置き、将来に対する信仰と確信をもって前進してください。主はわたしたちをお見捨てになりません」

信仰によってまず行動する

わたしたちは未来を知ることができません。そのことが、無知であるために怖れを抱かせます。時々、すでに知っており、快適で目に見えることに固着することが一番安全であるかのように感じます。しかしそれはわたしたちを成長させる神様の御心ではありません。時に人生には、信仰を持ち、思い切り飛び込んでいくことが必要な場合もあります。特に、怖れを乗り越えなければいけないときはそうです。

「生まれながらの人は、この一歩を踏み出す事は不可能だと言います。光が差し込み、自分の行く先が見えなければ、暗闇の中に進んでいく事はできません」十二使徒定員会のデビッド・A・べドナー長老は「自ら行動する人」のビデオの中でそう教えています。

しかし信仰を得るためには、まず行動する必要があります。「ほとんどの場合わたしたちは、『力をください。そうすれば行動します』と言います。しかし救い主の福音では、まず行動し、その後で力が得られると教えています。わたしたちはどこに行けば良いのか、何をすればいいのかわかりません。しかし主への信頼により、怖れずに行動することができます」

わたしたちが行動すれば、イエス・キリストは自らの力で祝福してくださいます。そうすると彼への信仰が強められ、自信が増します。そして一番難しい状況にあるときでも、わたしたちは決して一人ではなく、常に主の助けがあることを知り、乗り越えることができます。

怖れを乗り越えるためには神聖な力が必要で、その力を得るためにはまず信仰を持って行動することを選ぶ必要があります。

長期的に考える

怖れは人生における経験の一部であり、避けることはできません。しかし、正しい見方で「最終的な目的」を心に留めながら生活することによって、怖れを克服することができます。

戦争、テロ、深刻な病気、死。わたしたちが生きているこの世は、永遠の観点から見るとほんの一部であるという知識を持っていないと、このような怖れに打ちのめされてしまいます。しかし、わたしたちはイエス・キリストの福音を通して、死が終わりではないことを知っています。家族の関係は永遠に続きます。わたしたちはこの世と次の世で神様が望まれるような人物になることができます。

人生を長い目で、つまり永遠の観点から見るとき、わたしたちがこの現世で経験する怖れは克服できると感じられるでしょう。イエス・キリストの贖いは、わたしたちに希望を与えてくれます。サタンの誘惑に打ち勝ち、この世の暗闇を乗り越え、死の縄目を断ち切り、そして最終的には天の御父のようになる力を与えてくれるのです。

この人生には、わたしたちの目の前にあることよりもたくさんのことがあります。永遠の観点で物事を見る生き方を選ぶことで、人生における恐怖から解放され、信仰によって良い結果を得ることができるようになります。

周囲の人に奉仕する

わたしたちが怖れや失望に囚われ、この世で生きるうえで避けられない悪いことが起こったとき、自分のことだけ考えるのを正当化するのは簡単です。しかし、怖れを乗り越えるための霊的な力は、悲嘆に暮れることや自己憐憫、怠惰からは得られません。

十二使徒定員会のゲーリー・E・スティーブンソン長老は、名古屋伝道部会長だった頃、彼の妻がどのようにこの原則を教えていたかを紹介しています。

宣教師たちが怖れや疑いを持って彼らの元に来るたび、スティーブンソン姉妹は「クッキーセラピー」を用いていました。彼女は宣教師たちにクッキーの材料とレシピを渡し、毎朝クッキーを焼くように言いました。そして、毎日クッキーを必要としている人にプレゼントするように言いました。「クッキーセラピー」はとてもシンプルな方法ですが、良い結果をもたらしました。

スティーブンソン長老は、他の人のことを考えるという行動は、しばしば宣教師たちを怖れから癒したと言います。「奉仕するときに感じる温かくキラキラとした気持ちは、疑いや怖れを取り除く力を持ちます」

ヒンクレー大管長の楽観的になるという教えを振り返ってみましょう。

あなたが思うほど悪くはありません。

万事うまくいきます。心配しないでください。

主はわたしたちをお見捨てになりません。

彼がわたしたちをお見捨てになることはないのです。

わたしたちが彼に信頼を置き、祈り、祝福にふさわしく生きるなら、

主はわたしたちの祈りを聞いてくださるのです。

神様はわたしたちの不幸を願ってはいません。イエス・キリストの存在があるからこそ、失敗したら最後ではないのです。この人生の怖れがわたしたちを無力にすることはできませんし、信仰によって怖れを克服することができます。そしてわたしたちが信じるならば、最後に「万事はうまくいく」ということを知り、前に進むことができます。

 

この記事はもともとLDS.org Blog Staff によって書かれ、lds.orgに投稿されました。

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michiru

佐々みちるはブリガムヤング大学ハワイ校に進学し、アートを学びました。卒業後に出身地の大阪に戻り、翻訳を学び英語を教えていました。 結婚後に横浜に住まいを移し、現在は翻訳や編集の仕事をしています。 猫が大好きで、道で野良猫を見つけては話しかけています。
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