キリストの影響

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。
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イエス・キリスト:人生と使命

このイエス・キリストについてのウェブサイトで、イエス・キリストが実にどのようなお方であられるかの投稿を見つけることができるでしょう。イエス・キリストは、古代と現代において御自身を明らかにされました。キリストはこの世の救い主、神の御子、神の右手に座する者です。わたしたち一人一人をご存知で、わたしたちの人生に個人的に関わっておられます。私たちは、イエスがあなたの個人的な仲介者であられることを知ることができますよう願っています。イエス・キリストは、わたしたち一人一人を贖い、天父の御前でわたしたちのために嘆願され、主の恵みと力を通して、わたしたちの日々の生活でとりなしてくださる御方です。

このイエス・キリストについてのウェブサイトChrist.orgは、救い主イエス・キリストがどなたであり、イエスがどのようにあなたの人生に影響を与えたかについて、人々と話し合う場所を提供し、イエスについてまたはイエスの生涯、御業、贖いの犠牲や復活の現実性について、疑問がある人々に手を差し伸べることを目的としています。誠実に真理を探求している方、イエス・キリストに従う人々からの思慮深い質問をお待ちしています。

Jesus.Christ.orgのサイトは、イエス・キリストについてモルモン教ではどのように信じているか疑問を持つ人にも、またキリスト教徒ではない方々を含む、いかなる信仰をお持ちの友人や家族にも紹介することができます。

間違った方に幸せを求めていませんか

友人夫婦とコンサートに行ったときに、長蛇の列で入場にしばらくかかりました。というか、待って待ってやっと入り口にたどり着いたら、間違った入り口だったのです。わたしたちのコンサートの入り口は迎えの全く列ができていない入り口だったのです。人生にもよくこんなことがあります。

イエス・キリストの十字架上の死

イエス・キリストは十字架にかけられるという刑を受けますが、その経緯自体が不正で公式に行われたものでなかったことを知っていますか?イエス・キリストの投獄と十字架は違法に行われ、場所も正式なところではなかったのです。それでもキリストは不正をした者たちを憐れみました。

来世に期待?!来世と赦しの関係

なかなか赦せない人がいて、その人の来世に期待して、来世で良くなったら赦せばいいやと思っていませんか?今、赦していない人に来世であっても気まずいままです。そして、今赦せないなら、それは来世に行けばもっと赦し難くなります。来世にいくわたしたちの心は同じ心です。

節目の年:33歳から34歳へ

わたしは今33歳ですが、もうすぐ34歳になります。クリスチャンのわたしにとって33歳から34歳になる年は人生の節目となる特別な時期です。それは、イエス・キリストが地上での使命を終え、十字架に架けられた歳だからです。そんな33歳のわたしに現れた数々のビジネスチャンス!しかし祈りの答えはどれも「ノー?!」

赦しは被害者を清めるもの

腹の立つ男性が下の階に住んでいて、ついにわたしが「もう一生赦さない!」と言ったら、彼は笑って言いました。「君は僕を赦すよ。だって、赦さないと天国に行けないからね。」人を赦す行為はその人の悪い行いを承認するのではありません。その人の裁きはわたしではなく神様が行うのです。赦しはわたしを清めるために存在するのです。

オークス長老:「憎しみという現代の風潮から離れてください」

先日オークス長老はブリガム・ヤング大学ハワイ校の卒業式で学生たちに主にソーシャルメディアからくる憎しみ、恨み、嫌悪感などから離れて、主の教えを思い出すことを勧告しました。瞬く間に行われるインターネット上でのやり取りは嫌悪的な論争に拍車がかかることがあります。争いの心は主からではありません。

愛することは高めること:今日からできる5つの簡単なこと

イエス・キリストはたくさんの人を高められたが、それは難しいことではなく、簡単なことが多かった。愛によって人を高めたのです。祈り、参加、心から接する、ポジティブでいる、そして忍耐強くある。この5つを誰かを高めるために行う最初のステップとしてやってみましょう!

イエス・キリストがいる理由とは?

イエス・キリストはおよそ2000年前にベツレヘムでお生まれになり、十字架刑に処せられ若くして亡くなります。しかし、イエス・キリストの役割を学ぶなら、彼の生涯を学ぶだけでは不十分です。聖典には、神の御子として地球を創造され、地上で多くの人に福音を伝え、全人類のために贖いの業を成し遂げられたと記されています。

「同じ」である必要はない

神様が聖書で一番最初に語られていることは、天地創造についてです。神様の「と」の原則にお気づきでしょうか?天と地、光と闇、男と女。世界のはじめから物事には違いがあったのです。そして神様は「と」という言葉でそれを繋げてきました。神様はわたしたちに意見の違う人と共に歩むことを望んでおられるのです。

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