ウェンデル・テリー少尉の白黒アップ写真

写真提供:ldsliving.com

 

この感動の実話は、第二次世界大戦下のナチスの戦争捕虜たちが体験した本当の話です。

 

収容所でのクリスマス

その年の冬は寒さが増し、暖炉の石炭は底をついていました。テリーと仲間の捕虜たちは生き抜くことに精一杯でした。彼らは収容所の土地で見つけられる、ありとあらゆる木片や枝、その他の燃えそうな物を全て集めました。そして土間の真ん中に小さな穴を掘り、そこに小さな火床を作りました。それから暖を取るために身を寄せ合うように集まり、気持ちを高めようとしました。彼らはクリスマス・キャロルを歌い、故郷のクリスマスについて語り合い、家族を懐かしみました。このようにすることで、お互いの機運を高め、士気を高めることができました。その反面、まるで現実を突きつけられたように感じ、よりいっそう絶望感や惨めな気持ちが強まるのでした。身を寄せ合うように集まった彼らのその頬には、しばしば涙が伝うのでした。

クリスマスの夜明けは、輝くような冷たさでした。その日の朝9時頃、捕虜たちは乏しい朝食を終え、ロールケーキをもらうために集まっているときに、収容所の司令官から戸外に呼び出されました。彼らは寒さをしのぐためにありとあらゆる物を身にまとい、できるだけお互いの体温を保つために身を寄せ合いながら外に移動しました。すると彼らをまとめていたドイツ人が驚くべきニュースを発表しました。つい先ほど米国の赤十字社から収容所に荷物が届いたというのです。喜びの叫びが捕虜たちから沸き起こりました。

しかし瞬時で歓喜の声はおさまりました。なぜならドイツ人の兵が、全員に配るほどの荷物がないことを説明したからです。まったく足りなかったのです。建物ごとにふたつの小包しか配ることができませんでした。それぞれの建物には約250人の捕虜が住んでいたので、みんなでふたつの小包を分けることなど到底できませんでした。そこで司令官は解決策を考えざるを得ませんでした。そして抽選会が開かれることになりました。小さな紙切れと鉛筆が配られ、捕虜たちはそこに自分の名前を書き込みました。 名前が書かれた紙は帽子の中に集められ、各建物の先輩兵士たちが、名前の書かれたくじを2枚引きました。それぞれの名前が呼ばれているとき、テリーはとても驚きました。なぜなら彼の名前が呼ばれたからです。

ウェンデル・テリーの赤十字の署名カード

ウェンデル・テリーが赤十字の「クリスマスの小包第2番」を受け取るときに署名したカード

 

テリーは自分の運の良さを信じられませんでした。彼は驚いたばかりでなく、まるで子どもに返ったかのように感じました。このことは、天のお父様が彼のことをお忘れになってはいないことを思い出させてくれました。テリーは寝台に腰かけ、茶色の包みを開け始めました。すると彼と同じ部屋に住む23人の仲間たちが押し合うようにして彼を囲みました。 彼らは、落胆し嫉妬している表情を浮かべていましたが、同じ部屋の誰かが幸運を手に入れたことに対して嬉しい気持ちを感じているようでした。彼らはテリーが箱を開ける様子を食い入るように見つめました。

 

テリーが受けたインスピレーション

小包はけっして大きくありませんでした。誰もそれほど期待はしていませんでしたが、テリーが箱を開けた瞬間に、歓喜の声が上がりました。中には、粉ミルク、砂糖、純チョコレート、そして手袋、鉛筆、歯磨き粉、歯ブラシなどの日用品や他にもいくつか品物が入っていました...

受け取ったばかりの食料をどうしようか?今すぐ食べようか?そのまま保管しておいて後から食べようか?仲間の捕虜たちと分けたほうが良いだろうか? 彼は一番最後の考えを頭の隅に押しやりました。ごくわずかの物を大勢の人に分けなければならないなんて。彼はもう半年近くも甘いものを食べていないのです。そうだ。砂糖、チョコレート、粉ミルクがあれば、チョコレートファッジが作れる。アメリカに住んでいた時でさえ、そのようなごちそうを食べたことはありませんでした。それはここではたいそうな趣向品であるだけではありません。収容所は食糧不足でしたから、彼は春まで生きられるかも分かりませんでした。もしかしたらこれが生き延びる手段となるかも知れません。ファッジは自分自身への素敵なクリスマスの贈り物になるでしょう。プレゼントは他に何もありませんでしたが、ファッジさえあれば、つかの間の人間らしい生活を取り戻せる。そして家族と一緒にいる時に味わった愛や幸せを思い出させてくれるでしょう。それは人生で一番惨めなクリスマスの思い出を和らげてくれることでしょう。

テリーはふと自分の周りを囲んでいる人たちの顔を見ました。その時、彼は胸の奥で何かが、自分本位な考えを脇に押しやるのを感じました。 彼らの目には明らかに嫉妬や落胆の色が浮かんでいました。彼らは仲間の捕虜たち、そして友達でした。彼らは苦難や飢えを共にし、寒い夜には共に薄い毛布の中で震えました。彼らも自分たちの家族のことを恋しく思っています。誰もが温かくて安全な我が家を恋しく思っています。それなのに今年のクリスマスはみんなには、喜ぶべきことが何もないのです。彼らは何ももらえないのです。

このような思いにテリーの心は強く揺さぶられました。彼は救い主や天のお父様のことを考えました。 彼は燃え上がる飛行機から必死になって逃げ出そうとしている時に、祈りが答えられたことを思い出しました。飛んできた銃弾に腕と肋骨の間を貫かれたにもかかわらず、生き延びたことを思い出しました。 ドイツ人兵士から殴る蹴るの暴行を受け、死にそうになったにもかかわらず、命を助けられたことも思い出しました。このような経験を忘れることなどできませんでした。

 

イエスを思い起こすテリー

そうするうちに、テリーはイエス様の生涯について、そして、もうすぐお祝いする主の生誕について思いをはせ始めました。彼は、救い主が全ての人を深く愛されたこと、そして全ての者のために御自分の命を捧げられたことを思い出しました。その瞬間に、ウェンデル・B・テリーの心の中に強い望みが沸き上がりました。

テリーは自分のなすべきことを自覚しました。イエス・キリストが望まれる人になりたい、イエス様の期待に応えられるような人になりたいと強く感じました。常日頃、テリーは自分は主に従う者だと考えていました。

そして、それとはまた違う感情が彼の心に湧いてきました。彼は今まで6ヶ月の間、共に過ごしてきた捕虜の友達皆に愛情を感じていました。 彼らも、同じように家族のもとを去り、故郷の自由を守るために自分たちの自由を進んで手放そうとしたのです。 彼らもテリーと同じように寂しさを感じ、落胆し、なおざりにされ、惨めな気持ちを感じていました。どうして他のみんなではなく、自分だけが荷物を受け取ることができるのでしょう?

彼は人生のどん底にいるときに、ひとつの決断を下しました。彼は受け取った全ての物を分け与えることにしました。なぜならイエス様ならきっとそのようにされると思ったからです。そしてむしろ自分から進んでそのように行いたいと思いました。

その日は、1944年のクリスマスでした。建物の外には、冬の世界が広がっていました。建物の中では、23人の男たちが、ユタ州ソルトレイク出身の若い少尉の周りに集まっていました。 彼らは、制服、ブーツ、羊毛のフライトジャケットなど身につけられるものは全てまとっており、中には肩に薄い羊毛の毛布を掛けている者たちもいました。部屋の中はとても寒かったので、吐く息が霧のようにしばらく空気中に浮遊してから溶けていくのでした。それでも、寒さを気にする者は誰もいませんでした。彼らの注目の的は、マイク・テリーが今朝受け取ったばかりの小包の中身を開けることでした。

彼らは、家族や故郷から、はるか遠く離れたところにいました。そして自分たちの状況を振り返り、とても奇妙な感情を覚えました。彼らは束の間の幸せや、驚き、喜びを感じていました。

 

テリーの無私の奉仕

テリーは粉ミルクの缶を開け、それを水と混ぜ合わせ、部屋にあった小さな鍋に流し込みました。彼は持ち合わせた数少ない道具を活用し、缶を縦に切り込み、ブリキを四角に広げました。次に、四方の端を丁寧に上向きに折り曲げました。すると数インチ四方の小さな耐熱皿が出来上がりました。最後に端と端を押さえつけ、漏れを防止し、テーブルの上に乗せることができました。

粉ミルクのパッケージと粉ミルク缶でできた耐熱皿缶でできた耐熱皿

ウェンデル・B・テリー少尉はこの間に合わせの耐熱皿を粉ミルクの缶で作りました

テリーは出来栄えに満足すると、砂糖と2かけらのチョコレートをミルクと一緒に鍋に加えました。そして土間の真ん中に炊いた小さな炎の上に置きました。ミルクが温まるとチョコレートが溶け始めました。テリーはゆっくり、注意深く、厳かに液体をかき混ぜました。男たちはのぞきこむように近寄って来て、テリーがまるで難しい手術を行っているかのように見つめていました。チョコレートのほのかな香りが広がったとき、あふれんばかりの笑顔と喜びの声が上がりました。

テリーは、チョコレートを溶かし、材料を混ぜ、慎重に液体を手作りの容器に流し込みました。男たちは、こげ茶色の液体が、冷たい空気に触れて素早く固まる様子を興奮しながら指差しました。そしてついに、テリーはみんなの顔を見上げて静かに言いました。「さあ、もうできたんじゃないかな。」...

テリーは喜々として棚から小さいナイフを取り出し、ファッジが入っている小さな容器を曲げました。みんなは感心した様子で眺めていました。彼は一体何をしているのでしょうか?大丈夫なのでしょうか?

均等に分けるために細心の注意を払い、彼はデコボコした小さなファッジのかたまりを24等分に切りました。 24等分とは!一体どういうことでしょう?もし自分が幸運なひとりに選ばれたとしたら、どうしていたか知る者は誰もいませんでした。 この容器は手の平とさほど変わらない大きさでした。どのかけらも人差し指の先をようやく包み込めるほどの大きさでした。彼らは顔を上げ、テリーを感嘆のまなざしで見つめました。テリーは顔を上げ、喜びで顔を輝かせました。

「メリークリスマス」と彼は優しく言いました。その瞬間を彼は決して忘れることがありませんでした。男たちから歓喜の声が沸き上がりました。テリーは慎重にひとつひとつの四角いかけらをはがしてから、仲間の捕虜たちの指先の上や手のひらに乗せました。その時、彼ははちきれんばかりの感謝と喜びを感じました。小さなチョコレートの宝物がクリスマスの喜びを、ドイツの小さな収容所に届けてくれたのです。このようなプレゼントを誰が想像することができたでしょうか?

何人かの男たちはそのかけらを丸ごと口に入れて、目を閉じながら至福の喜びを感じていました。他の男たちはチョコレートをゆっくりとなめながら目を閉じ、その瞬間をじっくり味わっていました。小さなかけらを砕いて、できるだけ楽しみを引き延ばそうとする人たちもいました。涙を流す人たちがいました。握手を交わし、誰もが抱擁を交わしました。「メリークリスマス」の掛け声があちらこちらで聞かれました。そのクリスマスの日に、ひとりの男性の無私の心が他の23人の男性たちの心を喜びと愛で満たしたのです。彼らはバルト海の岸辺の寂しく惨めな場所で、家族や愛する者から遠く引き離され、そのような状態がいつまで続くかも知りませんでした。そして今この場所で、誰もが今までに感じたことのないほどに熱いクリスマスの精神が明るく輝いているのでした。

 

この記事はもともとGerald N. Lundによって書かれ、ldsliving.comA Touching True Christmas Story from a Latter-day Saint in a Nazi Prisoner of War Camp” の題名で投稿されました。
日本語©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | English ©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company

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美佳子さんはモアグッド財団の翻訳者であり筆記者です。ユタ州立大学で音楽療法を専攻した後に、音楽療法士になりました。読書、楽器を弾くこと、文章を書くことが好きです。
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